昨日のBBC響のプログラムに古楽譜屋さんの広告が載っていたので、早速出かけてみました。狭い店内に所狭しと並んだ楽譜に目を通したのですが、ミニチュア・スコアはあるものの大型スコアが全くないのでお店の方に聞いてみたところ、地下の倉庫に案内されたのですが、これが圧巻で、フロア全体が埃をかぶったような楽譜に埋め尽くされて、歩くのもやっとなくらいでした。中にはほとんど紙屑化しているほどボロボロのものも。
全てに目を通すと一週間はかかりそうだったので、ざっと見ただけのつもりだったのですが、気がつくとお店に一時間半ほども滞在していました。
東京からの荷物でスーツケースが既に飛行機で超過料金をとられる少し前くらいまで重くなってきていたのを呪いつつ、あまりにマイナーな作品は今回避け、状態の良いものを厳選し、今回購入したのは以下の楽譜。
1. ドヴォルザーク:歌劇「いたずら百姓」 ヴォーカル・スコア
(Simrock版)
まさかこんなものがロンドンで手に入るとは思いませんでした。現在ではまず入手不可能なものなのでとびつきました。
2. ゴードン・ジェイコブ:Comedy Overture
<The Barber of Seville goes to the Devil>
(Oxford University Press版)
これは聞いたこともない作品でしたが、面白そうだったのと安かったのもあって購入。ハープはあるものの、2管編成で3分半ほどの作品で採り上げやすそう。曲の中身はひたすらロッシーニの歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲のパロディー。楽譜を読みながら思わず笑ってしまいました。
あとはミニチュア・スコアで。とにかく重いスコアは避けなければいけません。
3. インドジハ・フェルド:フルート協奏曲
(Statni Nakladetelstvi Krasne Literatury, Hudby a Umeni版)
チェコスロヴァキア時代の国営出版、所謂私たちがいつもスプラフォン版と呼んでいる出版社のものです。
フェルドは今年亡くなったチェコの作曲家で、この作品は9月に知り合いのチェコ人のフルートの方に教えていただいて以来スコアを探していたのですが手に入らなかったのを、遂に発見。まさかロンドンで見つけることが出来るとは。楽譜の状態もとても良いものでした。
それからブージー・アンド・ホークス版のものを4冊。やっぱり本国だけあってブージーの楽譜はたくさんありました。
4. ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ (1947年改訂版)
大型のみならずミニチュアも持っているかもしれないのですが、確信が持てなかったのでとりあえず購入。
5. バルトーク:管弦楽のための協奏曲 (旧版)
探していた旧版のミニチュアを遂に入手。
6. チャベス:交響曲第3番
7. チャベス:交響曲第4番
こんなものもブージーから出ていたんですね。最近南米ものは聴かなくなってきてしまっていますが、このようなスコアは買い逃すと次はいつお目にかかれるか分からないので購入。
楽譜はこれで全てなのですが、地下のスコアをあさっていたときに、マーラーの「復活」のスコアに挟まれたあるプログラムを偶然発見。頼んでプログラムだけ売ってもらいました。そのプログラムとは・・・
1949年10月1日 ロイヤル・アルバート・ホール
ヘンリー・ウッド・コンサート協会 マーラー・コンサート
指揮:ブルーノ・ワルター
ソプラノ:ドーラ・ヴァン・ドールン
コントラルト:カスリーン・フェリアー
BBC合唱協会
BBC交響楽団
<God Save the King>
マーラー:亡き子をしのぶ歌
マーラー:交響曲第2番 ハ短調 「復活」
そして「復活」の曲目の下段には注意書きとして「イングランドにおける全曲の2番目の演奏」と記されています。これをスコアに挟んでいた持ち主は、関係者だったのか、聴衆だったのか・・・
そういえばこの楽譜屋には一時期芸大指揮科の客員教授をされていたジェイムズ・ロックハートさんのサインが入ったスコアがかなりありました。それから、ヘンリー・ウッドのスタンプが押してあるスコアも何冊か。
旅の終わりにかなり嬉しい思いをした古楽譜屋滞在でした。
夕刻、大英博物館に。真面目に見ればこちらも一週間かかると言われてますが、入場無料なのでぽっと散策気分で出かけるだけでもかなり楽しめます。古代ギリシャやエジプトの彫像などが惜しげもなく展示されていて圧倒的です。<Do not touch the object.> とは書いてありますがその気になればいくらでも触れてしまいそうな自由な展示方法にもびっくりでした。中国・韓国・日本のコーナーもそれぞれ独立してありました。
夜はフィルハーモニア管弦楽団の、少し変わったコンサートに。
今日聴いたコンサート@ロイヤル・フェスティバル・ホール
フィルハーモニア管弦楽団演奏会
指揮・ピアノ:アンドラーシュ・シフ
シューベルト:交響曲第8番 ロ短調 D 759 「未完成」
シューベルト:ピアノ・ソナタ第15番ハ長調 D 840 「レリーク」
シューベルト:交響曲第9番 ハ長調 D 944 「ザ・グレート」
私はアンドラーシュ・シフ氏が指揮をするという話は聞いたことがなかったので、どんなものかなあくらいの軽い気持ちで出かけたのですが、実に心を震わせられるコンサートでした。
これは彼にしか出来ない最高に心憎いプログラム。前半に2つの「未完成」の作品を配置、しかも「レリーク」 (「遺作」の意) は、シューマンが「グレート」を発見した際に一緒に発見した作品だという。
オーケストラは対向配置、コントラバスは一番後方中央、ナチュラル・トランペットとバロック・ティンパニが使用されていました。14型の弦楽器はノン・ヴィブラート奏法を用いたりはしていませんでしたが、全体に控えめで品のあるヴィブラートの使い方でした。「未完成」の冒頭などもかなりおとなしくてシンプルな雰囲気で始まりました (この旋律の最後、ピッツィカートの直前ののばしがダウンで弾かれているのは初めて見ました。しかもピッツィカートは全員弾き、つまり、間をとります) 。
「未完成」の終了後はオーケストラが全ハケで、オーケストラの定期公演はピアノ・リサイタルに変身。
シューベルトのピアノ・ソナタほど巨大なコンサート・ホールで聴かせるのが難しい音楽もほかにはないのではと思います。なぜならこのジャンルは、私にはひたすら弾き手の個の内側に向けて奏でられる音楽のように感じるからです。時にそれは、人に聴かせるのを拒絶している音楽のように感じることもあるくらいです。
しかし、今日のシフ氏の演奏は、大ホールであることなどおかまいなしに (?) 超ピアニッシモも多く用いられ、外面的な効果は一切なしに粛々と演奏されていたにもかかわらず、それが自己完結に陥らずに聴衆に対しても強い感動を与えるといった面で、信じ難いものでした。また、ほんのちょっとした和音の変化が、これほどにも人の心を揺さぶることができるのだということを実体験しました・・・
蛇足ながら、当然ではありますが、「未完成」も「レリーク」も、完成されている最初の2楽章だけの演奏でございました。
後半が始まる時点で開演から約1時間半経っていましたが、前半同様、「グレート」もオール・リピートの演奏でした。それはまるで、シューベルトを聴くなら、時など忘れなくてはいけない!と宣言しているかのようでした。
シフ氏の指揮ぶりはかなり見事なもので、オーケストラのテンポ運びの巧さと呼吸の見事さはすぐにでも他の本業指揮者たちと肩を並べて世界的に活躍できそうなレベルでした (「グレート」の演奏が始まる前、シフ氏がステージに現れてきた時に、既にオーケストラの方々が氏に拍手を送られていました) が、しかもその音楽のアプローチがピアノを弾いてもオーケストラを指揮していても全く変わることがないのもすごいことだと思いました。特にアゴーギグに関しては、和声の進行に立脚して、全くもってこれしかない!というような素晴らしさがありました。私などしばらくその影響から抜けられそうにもありません。
アンドラーシュ・シフは、稀代のシューベルティアンであると断言できます。