Diary


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 全然日記を書いている余裕がありませんでした・・・


 実は今、お仕事の関係であるドイツ人の現代作曲家の作品の譜読みをしているのですが (といっても、私がその曲を演奏会で振るわけではなく、リハーサルをお手伝いするという、アシスタント業務です) 、まず楽譜に書いてあることを正しく把握するだけでもえらく大変でして・・・ここ約3週間ほどは、チェコ・フィルのリハーサルと演奏会に通い、チェコ語のレッスンを何回か受けたほかは、他のイベントは一切入れずに部屋にこもって勉強しておりました。

 これらの作品 (2曲あります) 、とにかく特殊奏法が多いんです。弦楽器だけで少なくとも20種類はあります。スコアの1ページの中に通常の奏法を用いて音を出す箇所がほとんどない、楽器によっては全然無いなんて普通です。つまりはどうしても注意書きが多くなります。丁寧な序文にはドイツ語のほかに英訳もついていますが、それを読んでも良く解らないことも・・・そして自筆によるスコアには更に細かく指示が書き込んであり (当然ドイツ語オンリー) 、それを全て読み解く、あるいは自分は何が解らないのかを把握するだけでも一苦労。

 かと思えば、ある部分では鬼のような32分音符がびっちりと書き込まれていて、一応私は今回、出来るだけ精密に読まなければという思いから一音一音、「F, As, Ces, D, Eis・・・」などと見ていったわけですが、もう、本気で虫メガネを買おうかと思いました(笑)。それでもいただいたスコアはB4版に拡大された物なのですがね。

 そんなわけで、1ページあたり平均約25分、ページによっては1時間近くをかけてのろのろと譜読みを続けているわけであります (現在も継続中) 。

 譜読み、というか、指揮台に上がる前の準備ということに関して言えば、現在この作業と並行して進めているのは5月にご一緒させていただく日本IBM管弦楽団の演奏会の楽譜上の整備です。今回演奏するのは、スッペの「スペードの女王」序曲、サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番、シベリウスの交響曲第2番の3曲。

 まず最初に取りかかったのはサン=サーンス。今回カルマス社の新しい版を使用します。この新しい版は非常に良く出来ていて、従来のデュラン版の明らかな間違いなどが直された上、現場で使いやすいように、例えば小節数がふられているなど、実用的にも優れた版です。このカルマス版とデュラン版を改めて自分の目で全て見比べてみて、カルマス版の校訂者がどういう考えで何を直したのかを知り、わずかですが場所によっては私の判断でデュラン版の内容に戻したりしたいところを、オーケストラの方々にお伝えしました。またデュラン版のピアノ伴奏譜やソロ・パート譜も全部見て、スコアと違うところだらけの、ソリストが使用なさるであろう楽譜の内容も一応把握しておきました。

 シベリウスの交響曲第2番も近年ブライトコプフ社から新しい校訂版が出まして、今回使用するのもこの新しい版です。こちらも一応同社の旧版との比較を時間をかけてやってみましたが、得るところ多かったです。数カ所微細な修正を入れることになると思いますが、なかなか悩ましい部分もあり、結論を出すのにもう少し時間が要りそう。

 スッペは他の2曲とは事情が違い、新版などはありませんが、以前同じスッペの「詩人と農夫」序曲のパート譜を精査した時に非常に問題があったので、こちらは全部のパート譜をチェックしています。とにかく古い版はスコアとパート譜の内容に違いが多いので注意が必要。序曲1曲くらい、気合いを入れれば1日で終えることが出来るのですが、今は最初に書いた現代音楽の準備があってそうもいかず、お時間をいただいてゆっくり見てます。さて、指揮者の方々の中には「パート譜は全て自分の使うスコアに合わせておいて」と仰る方もいらっしゃるようで、それも一つの方法でしょうが、私には考えられないやり方です。なぜならパート譜が正しくてスコアが誤っている例などごまんとあるからです。そしてそういった時、どちらを採用するかのジャッジが出来るのは、結局指揮者しかいないのではないでしょうか。

 これらの作業は、現実的には時間的な問題 (私の忙しさだったり、曲目が決定してから練習が始まるまでの期間の短さだったり) もあって、いつでも必ず出来るわけではありませんし、プロのオーケストラでは、ライブラリアンの方もいらっしゃいますし、何度も使用している曲のパート譜は、当然明らかな間違いは既に直されていますから、いささか事情が異なります。とはいえ、私がこの勉強 (?) 方法を学んだのは、仙台フィルで副指揮者をしていた時代です。譜読みが鋭い当時の仙台フィルの指揮者の方々の下では、ライブラリアンの方と共に問題のありそうな曲のパート譜を事前に調べておくことが必要でした。そういえば、スコアにはないスタッカートの「点」が、一音符だけ弦楽器に付いているのが分かっただけで、その日は私が全パート譜を持ち帰って再チェックする、なんてことを求められたこともありましたっけ・・・

 ええと、超長文になってしまいましたね。このような準備は時間がかかりますし忍耐力も要りますが、現場での混乱を防ぐ効果は絶大なものがあります。もちろん、指揮者として指揮台に立つ前にしなければいけないこととして大切なのはむしろここから先、作品を読み込んで自分の身体にしみ込ませることや、作曲家や作品に関する周辺知識を深めることではあります。

 このような生活をしていると正直苦しくなる時もあります。特に今月はプラハにいるメリットがほとんどありませんでしたし。が、明日から念願の旅行に出かけることを心の支えに (!?) 毎日を過ごしてきました。とはいっても今回の旅行の最初の部分には、最初のほうに書いたお仕事の作品の作曲家宅にお伺いして泊まり込みでレクチャーを受けるという、重大ミッションが課せられてはいます。が、しかし、そのあとは約2年ぶりになるパリ、そしてどこか別の都市に一泊くらい滞在してからベルリンへと旅して、存分に見聞してきます!

 まずは明朝、シュトゥットガルトに向けて出発です。


BGM: 田村文生: スノー・ホワイト
       岩城宏之指揮東京佼成ウインドオーケストラ  (2004年録音、佼成出版社)

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